井戸チャ通信(03) 「ウェブにおける議論のループ」

香陸
こちらです。

セミマル
了解。

香陸
例えば、あとで話そうと思っている「無断リンク問題・リンクフリー論争」などが最たるものですよ。定期的に話題になっては議論らしきものがやり取りされて忘れ去られるという、この循環について、セミマルさんの立場はどう?

セミマル
「議論のループ」については、消極的肯定派かな。

香陸
具体的にはどういう立場になるのだろう。

セミマル
特別、自分からアクションを起こすことはしないけども、他の人がやるのは全然OKだし、むしろ楽しんで読んじゃう。わりと受身な立場かな。

香陸
その立場は僕としては否定派に数えたいのだけど、それだと不満? その場合、自分は議論に参加するわけではないのだから「ループはしていない」と思うのだけれど。

セミマル
どうなんだろう。確かに自分自身の考えがループしているとは言わないかもしれないなあ。

香陸
ここ、ややこしいところなので、少し根本的なところから考えてみたいと思うのだけれど。

セミマル
うん。

香陸
そもそも「本当に議論はループしているのか」ということと、いったい「どこで議論はループしているのか」ということです。

セミマル
「同じ話題がWebで繰り返し行われている=議論はループしている」というのが自分の感覚。

香陸
そうそう、そういう風に思う人が多いと思うのだけれど、それは大掴みすぎるのではないかなと僕は思っていて、むしろ、それを感じることのできる人がどれだけいるのか、ということに注意したほうが良いのではないかなと思う。

香陸
三年位前かな、これは「ネタの流れ」というテーマのときにも似たようなことを言っているのだけれど。

セミマル
そんなんあったっけ?

香陸
いちおう参考にリンク張ります。

   http://kourick.exblog.jp/7739612/

セミマル
うお、懐かしいなー。

香陸
それで、この「ネタの流れ」という話も、そもそもその「流れ」を感じることができる人はそれほどいないのではないかという話で、これはそのまま「議論のループ」に関してもいえるのではないかなと。つまり、そもそも「議論のループ」を観察できてしまうような人からして少ないのではないかと思う。

セミマル
そうかもしれないね。無断リンクの話題なんかもそうだけど、こんなことに継続的に興味を持ってる人なんて、間違いなくマイノリティだよね。

香陸
そういうところあるよね。もともとサイト論って目線が一段上がってやるものだけれど、そういうメタ目線のリテラシをみんなが共有している(と思い込む)というのは奇妙なことではないかなと、少し話題から逸れているかもしれないけれど、思ったよ。

セミマル
類は友を呼ぶからねー。どうしてもそうなっちゃうのかも。Webだとどんなにマイノリティでも、仲間が見つかっちゃうし。

香陸
さっきのセミマルさんの「同じ話題がWebで繰り返し行われている=議論はループしている」という発想についても、少し考えたいのだけれど

セミマル
うん。

香陸
僕は もう議論領域に<ウェブ全体>を取るような議論というのは成立しないのではないか ということをけっこう前から言っていて、「Webで繰り返し行われている」というのは間違ってはいないけれども、精度の低い観察ではないかと思うのだよね。

セミマル
ふむふむ。

香陸
Webではたしかに「繰り返し」行われているかもしれないけれど、行っている人は普通「毎回、違う」わけでしょう。

セミマル
そうだね。少なくとも起点になる人は毎回違うね。

香陸
ちょっと嫌味な言い方になるけれど、そこをすでに議論をして自分なりの見解を持っている人が「わざわざループさせにいっている」のじゃないかという、そういう見方ってできるのじゃないかなと思うわけです。

香陸
「また、この話題か」と言いながら嬉々として語る人がいるから、議論が「ループしている」という観察が成立するのであって、正確に言うと「ループしていると言いたい人がループさせにいっている」のではないかと。

セミマル
そういうところはあるだろうね。自分の考えと異なる人が出てくると、毎回それをどこかから嗅ぎつけて、頼まれてもないのに持論を展開する人いるし。

香陸
そう、そういう行為を是とするか非とするかというところの見解の違いってあるなと思う。ちなみに僕はどちらかというと非なのだけれど。

[PR]